読書案内(政治学)

はじめに

(2025/7/21初版作成)

 このエントリーは、政治学に興味がある人たちに向けた、読書のガイドラインです。

 若者の政治参加が叫ばれる今日この頃ですが、果たして「政治」に興味を持つことは”よい”ことなのでしょうか。「政治」に訴えなければならない生活は、果たして本当に「望ましい」生活なのでしょうか。

 執筆者は、ときどき「政治について知りたいから本を教えて!」という相談を受けます。そしてそれは大概、選挙の直後──直前ではなく──です。そういう人たちは、選挙結果を見て(おそらく)なんらかのショックを受けたのでしょう。そこには、自分以外の人たちが、なぜか「政治」に熱くならなくてはならなくなったという事情を、共有していなかったことの裏返しの反応であることが窺えまます。

 もしかしたら、うっかり「政治」に訴えなければならない切実さに私たちも突き当たるかもしれない──。そんなとき、「科学としての政治学」*1は、冷静に問題と向き合うあなたを後押ししてくれることでしょう。そこに政治学を知ることの重要さの一端があるような気がします。

  • まずはここから──教科書

 このセクションでは、政治学の教科書を紹介します。「テキスト革命」*2と言われるように、数多くの教科書が刊行されてきた今日、どれか一つの教科書をお勧めすることは困難になっています。ここでは、あくまでも執筆者が好きな教科書を紹介するにとどめます。

犬塚・河野・森川『政治学入門──歴史と思想から学ぶ』(有斐閣、2023年)

羅・前田『権力を読み解く政治学』(有斐閣、2023年)

 ①は思想史の研究者として知られる著者たちによる、「リベラル・デモクラシー」なる概念を中心とする教科書。近年懐疑的な視線にさらされる、リベラル・デモクラシーでありますが、それでもなお、著者らはリベラル・デモクラシーを擁護します。14章の「ユートピアとディストピア」で展開される議論はとてもユニークで、示唆に富むものです。

 ②は事例研究を通じて、日本の行政や政治制度を研究してきた行政学・政治学者による教科書。題名にあるように、「権力」に焦点があてられた教科書であり、特に権力にさらされる一般市民の視点へのこだわりを感じされられます。投票率が下がったのは政治意識の低下なのか?否、動員の減少によるものである、と応答する著者らの議論は、スリリングです。

③佐々木毅『政治学講義〔第2版〕』(東京大学出版会、2012年)

④加藤淳子『政治学原論』(東京大学出版会、2025年)

 ③は、日本の政治学を長年牽引し、東大総長も務めた政治学の権威による教科書。第一部の第1章が「人間」から始まる、著者の思想史研究と現代日本政治研究の集大成となるような教科書です。

 ④は、日本における「ポリティカル・サイエンス」の導入と展開をリードした研究者による、方法論を強く意識した教科書。重厚な内容で、近年の政治学研究で用いられる用語や概念の多くはここで学ぶことができます。

  • しくみを詳しく

 上記の教科書で、基本的な政治の仕組みや考え方は理解できるでしょう。ここでは、もう少し詳しく知りたい、という人に向けて、若干のサプリメントを提供します。

待鳥聡史『代議制民主主義』(中公新書、2015年)

待鳥聡史『民主主義にとって政党とは何か』(ミネルバ書房、2018年)

③前田健太郎『女性のいない民主主義』(岩波新書、2019年)

砂原庸介『民主主義の条件』(東洋経済新報社、2015年)

大山礼子『日本の国会』(岩波新書)

 ①はアメリカ政治や日本の内閣制度、地方制度など広範にわたって実証的な研究を重ねてきた研究者による新書。「委任と責任の連鎖」という言葉でもって、世界各国で導入されている代議制民主主義の仕組みを明らかにします。非常にクリアな文章に魅了されることでしょう。②は同一著者による、政党政治のしくみと意義を明らかにする著作。ともに現代政治を理解する、良い手がかりになります。

 ③はジェンダーという視点から既存の政治学の書き換えを試みる、コンパクトながら力強い新書。政治制度がいかに男性に偏っていたのか、いかに政治学そのものが男性に偏っていたのか、深い反省を読者に迫ります。

  ④は、地方政治の研究で多くの重要な仕事を発表してきた研究者による、政党政治の重要性を説く本です。「混ぜるなキケン」というフレーズで選挙制度の混合の問題を指摘するなど、現代日本の政党政治や選挙制度の問題を鋭く指摘します。次のセクション(今をよりよく知るために──現代日本政治)と被る内容ですが、本書の位置づけが代議制民主主義論であったため、こちらのセクションに含めました。

 ⑤は、国会制度の研究を、比較の観点から簡潔に首尾よくまとめた新書です。国会という、憲法上明記された国権の最高機関をいかにしたら活性化できるのか。国会審議はこの本を読んでから観たいものです。

  • いかに知るか──方法論

久米郁男『原因を推論する〔第2版〕』(有斐閣、2025年)

 労働政治の研究で知られる研究者による、政治学を研究することとはどのようなことか、解説する好著。2025年に第2版が出版され、より内容が充実しました。因果関係を説明することが、簡単に見えていかに難しいのか、この本を読むとよくわかります。感覚を、データやエビデンスによって覆す実証の世界の入り口はここの本の中にあります。

  • 今をよりよく知るために──現代日本政治

 では、今日日本の政治はどのように動き、どのような問題を抱えているのでしょうか。現代日本政治研究は、80年代以降大きく進展しました*3。そのなかでも、特に見通しの良い理解を与えてくれる著作をここでは取り上げます。

待鳥聡史『政治改革再考』(新潮選書、2020年)

 「変わらない日本」「失われた30年」という言葉が人口に膾炙して久しい日本ですが、政治の世界では憲法改正が行われたに等しいような、大規模な改革が行われていた──。著者はこう主張します。90年代以降、日本は選挙制度改革にはじまり、行政改革、地方制度改革など、多くの改革を経験しました。いかに日本政治を変え、どこが変わらなかったのか、なぜ変えることができなかったのか。本エントリーの中で最も広く読まれるべきだと執筆者が考える本が、この一冊です。

清水真人『平成デモクラシー史』(ちくま新書、2018年) 

 上記の一連の政治改革を、研究者は「平成デモクラシー」と呼ぶことがあります。清水真人は日経新聞の記者として、これまでも多くの政治ルポを著してきました。その中でもこの『平成デモクラシー史』は、政治改革や行政改革に携わった実務者へのこれまでの取材をもとに、第二次安倍政権に至るまでの平成の政治過程を生々しく描き出します。『政治改革再考』と併読されることをお勧めします。

飯尾潤『日本の統治構造』(中公新書、2007年)

 2009年、日本は政治改革後はじめての政権交代を経験しました。選挙改革で二大政党制の条件が整い、行政改革で官邸主導の体制が整った。ようやく政治主導で大規模な政策転換が行えるようになる──。こうした、民主党政権への期待、政権交代への熱が高まった時期がありました。『日本の統治機構』は、こうした新たな日本政治のあり方を、他国との比較も踏まえながら提示した、エポックメイキングな新書でした。当時の〈熱〉を感じながら読みたい一冊です。

宮本太郎『福祉政治』(有斐閣、2008年)

 90年代以降、少子高齢化問題が政治イシューになるにつれ、社会保障改革が常に叫ばれてきました。そこには、データに乗っ取らない感覚論や、弱者を排除するような言説が垣間見えます。本書は1960年代にさかのぼり、現在の社会保障制度がどのように形成され、いかに制度が機能不全になってきたのか明らかにします。分断の政治を超えて、どのように社会保障制度を改革できるのか。20年代を生きる我々に課せられた大きな課題に向き合うヒントはここにあります。

小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書、2019年)

 小熊英二は社会学者で、この本の副題でも、この本は歴史社会学の本であることが宣言されています。しかし、日本政治を考えるうえで、その根底となる社会・経済的な状況を無視するわけにはいきません*4。新書としては大部な本ですが、日本政治の基礎過程を押さえるのに最適な一冊です。

  • なぜ今のようになったのか?──日本政治史

 現代の日本政治は、なにも最初から今のような姿でないことは上述した通りです。政治学には経路依存という概念があります。この概念は、歴史的制度論という政治的決定や政治制度が、過去の決定や制度の強い制約の下に置かれることを指摘する研究潮流の重要なキーワードの一つです。なぜ今、政治はこのような姿をしているのか。それは歴史的な強い制約があるからかもしれません。

 なお、日本政治史は長い研究の蓄積がある分野です。御厨貴・牧原出『日本政治史講義』(有斐閣、2021年)の巻末には親切な文献案内がついており、そちらも参考になさってください。また、思想史の研究者である長尾宗典さんのHPには、「日本近代史研究の初歩」というページがあり、こちらも参考になります。

通史

①清水唯一朗「近代」(中公新書編集部『日本史の論点』(中公新書、2018年)

北岡伸一『日本政治史〔増補版〕』(有斐閣、2017年)

清水唯一朗・瀧井一博・村井良太『日本政治史』(有斐閣、2020年)

  ①は、『日本史の論点』という、古代・中世・近世・近代・現代の時代区分に沿って、それぞれの研究者が4つづつの論点を提示し、解説を加えるという新書の一章です。明治維新から終戦までがコンパクトにまとまっており、良い見通しを提供します。巻末の文献案内も充実しており、必読です。

 ②は、日本政治外交史研究を牽引してきた研究者による教科書です。副題に「外交と権力」とあるように、いかに外交と内政が関連しながら、日本は近代、現代を歩んだのでしょうか。北岡伸一はとりわけ明晰な文章を書くことでも知られ、冷戦終結までの100年あまりの歴史がクリアに浮かび上がります。

 ③は3人の法制史・政治史研究者によって書かれた日本政治史の教科書です。占領期までの政治史を、多くのアクターに触れながら叙述します。この本の著者らは、2000年代に大学院に進学し、自覚的に政治学方法論と歴史研究を関連づけてきました。政治学的な政治史研究、その研究の到達点の一端を示します。

戦前

 戦前の政治史は研究が豊富で、とてもこのエントリーで重要な著作をすべてまとめられるとは思えません。ここでは強い示唆を現代に与える新書をいくつか取り上げるにとどめます。

清水唯一朗『近代日本の官僚』(中公新書、2013年)

松沢裕作『生きづらい明治社会』(岩波ジュニア新書、2018年)

藤野裕子『民衆暴力』(中公新書、2020年)

加藤聖文『「大日本帝国」崩壊』(中公新書、2010年)

 ①は、戦前期における政官関係について重要な研究を発表してきた研究者による、戦前期の日本の官僚史についての新書です。明治維新直後の新政府は人材不足に悩まされていました。しかしその後、名実ともに「帝国」まで拡大してゆく背景には、大学を通して最新の西洋知識を吸収して立身出世を成そうとする、数多くの優秀な官僚の姿がありました。明治維新後、身分のくびきから解き放たれた多くの若者──その大多数は男性でしたが──の夢と生き様を、活き活きと描き出します。

 しかし、①で描き出されるような立身出世の世界は、それまでの生活が突然崩壊し、冷酷な市場にさらされ、資本の力に抑圧される多くの人々の「生きづらい」世界と表裏を為すものでした。②『生きづらい明治社会』には、「通俗道徳」という言葉をキーワードに、これまでの生活が崩れてゆくなかで必死にもがき、生きてゆく人々の生き様が映し出されます。

 近代日本は、まさに暴力にあふれた時代でもありました。③は、なぜ人々は暴力に向かったのか、暴力をふるう「論理」を史料に基づき暴きます。暴力への理路、そこには、当時の社会の権力構造や、抑圧への抵抗、あるいは弱者への差別など、複雑なニュアンスがありました。「暴力はいけない」という言説だけでは取り逃してしまう「論理」への着目を、この本は促します。

 ④は、大日本帝国下の植民地統治について多くの重要な仕事をしてきた研究者による、脱植民地化についての新書です。1945年の日本の敗戦が、旧植民地にいかなる政治的な影響を残したのでしょうか。歴史認識問題が問われて久しい今日、引き続き読まれる必要性は尽きません。

戦後

 戦後政治史についても重要な著作は多々あります。ここでは、そのなかで、手に取りやすい、かつユニークな書籍を3冊紹介します。

北岡伸一『自民党』(中公文庫、2008年)

境家史郎『戦後日本政治史』(中公新書、2023年)

中北浩爾『自民党政治の変容』(NHKブックス)

 ①は通史編にも上げた北岡伸一が、自民党結党から55年体制の終焉までの自由民主党の歴史をまとめたものです。まとめた、といっても単に平坦な叙述が続くわけではありません。岸信介への隠しきれない興味、派閥政治への違和感など、著者のスタンスをひしひしと感じます。戦後日本政治は、決して自民党の動向のみで語れるものではありません。そこには日本社会党という左派野党が存在し、その中間に民社党や公明党などの小政党が存在し、あくまでも複数政党の下での「政党政治」が行われていたからです。しかし、かといって自民党の動向を捨象するわけにはいきません。本書は、戦後政治史を多面的に理解してゆくための最初の一歩になるでしょう。

 ②は、憲法と政治の関連の研究で広く知られた政治学者による、戦後政治史の新書です。従来の、叙述が自民党に偏重しがちであった戦後政治史研究に対し、日本社会党や公明党の動向にも目を配っているところに第1の特徴があります。また、日本国憲法という新しい政治のルールの導入に意識的である点も特徴です。

 ①②が、政治のアクターや制度に着目してきたのに対し、③はより思想史的な側面に焦点が当てられます。日本政治史は、決して政治家のみによって繰り広げられる権力争いに終始するものではありませんでした。それぞれの政治家にはブレーンが傍にいて、知的裏付けが行われることも少なくなかったのです。中北浩爾は、こうしたブレーンに焦点をあてて、一見既成権力の権化のようにみえる自民党内で争われてた、自民党の変革の試みの歴史を明らかにします。90年代の統治機構改革が一段階終了した今、その功罪を公正に見極めるためには、この一冊が欠かせません。

番外

藤高一輝『バトラー入門』(ちくま新書、2024年)

 これまで主に、国会や内閣というような国政──それもほとんど男性によって、男性のために行われる──について見てきました。しかし、「政治」はそれだけではありません。フェミニズム研究やポストコロニアル研究は、こうした「政治」の枠組みを批判し、刷新してきました。こうしたフェミニズム研究をリードしたのがジュディス・バトラーです。本書は、このジュディス・バトラーの主著である『ジェンダー・トラブル』の「非公式ファンブック」として、バトラーの思想を読み解きます。

 フェミニズムは近年毀誉褒貶にさらされ、そこから得られる重要な示唆が十分生かされていない状況に置かれています。たしかにフェミニズムは、多くのジャーゴンにまみれ、時にハレーションを起こしそうな強い表現にまみれ、また論者によっても内容が異なっているようにも感じられるなど、取っつきにくさを感じる分野なのかもしれません。『ジェンダー・トラブル』自体、著者〔『バトラー入門』の著者である藤高〕も認めているように容易な本ではありません。しかし、藤高一輝は親しみやすい文体で、バトラーの主著を明快に紐解きます。フェミニズムについて懐疑的、あるいは興味がある、しかし難解で手につかない、という方に強くお勧めします。

酒井大輔『日本政治学史』(中公新書、2024年)

 学問には歴史があります。政治学も然りです。では、日本の政治学はいかなる展開を遂げてきたのか。本書は戦後の日本政治分析の学問史に焦点を絞り、新たな視角を提供します。このブックリストで取り上げてきた著作が、どのように位置づけられるのか、ぜひこの本を読むことで振り返ってみましょう。

まとめ

 以上、政治学のブックガイドを示してきました。もうすでにお気づきかもしれませんが、今回取り上げた著書のなかで、著者が(明確に)女性なのは4名しかいません。このブックガイドが、「女性のいない政治学」に加担しているといわれても言い逃れようがありませんが、ご容赦願いたいと思います。

*1:丸山眞男。この言葉の学問史的意義は、酒井大輔『日本政治学史』(中公新書、2024年)を参照。

*2:加茂(2012)「政治学教育とテキストブック」『書斎の窓』no.615、p.17。

*3:酒井大輔『日本政治学史』(中公新書、2024年)を参照

*4:マルクス主義でなくても同意しうる事実でしょう。

2022年の本

 年末にその年刊行された新刊本を読み、簡単な書評と共に紹介するブログ(Valdegamas侯日録等)があるが、研究者ではない筆者が新刊本をそう何冊も読めるほど基本文献に当たっていない。このブログでは新刊本のみではないが、今年筆者が読んだ本を軽い書評と共に紹介するこにしたい。

 今年読んだ本は大きく分けて「日本政治史」「行政」「幕末史」「世界史」に分割できる。それぞれ紹介していこう。

  • 日本政治史

 今年読んだ日本政治史においてやはりトップレベルに面白かったのは小宮京『語られざる占領下日本ー公職追放から「保守本流」へー』NHKブックス,2022年であった。日本占領期の政治過程は、すでに五百旗頭真の『占領期』や福永文夫『日本占領史』といった諸兄の研究の蓄積が豊富であり、これ以上資料が出てこないであろうとも言われていた分野であった。小宮は本書の執筆にあたりGHQの資料に依存したこれまでの研究を相対化するため日本側資料に多く依拠している。特に私文書や新聞記事より占領期日本を書き起こしていく研究手法には「こういう手があったか」という驚きを覚えた。

 本書において出色と思えたのは、第4章の「田中角栄伝説と戸川猪佐武佐武『小説吉田学校』」である。山崎首班事件を再検討することにより、すでに神話化した田中角栄伝説が形成されていく過程を示した。また、これに加えて戸川猪佐武が『小説吉田学校』を執筆した時期と田中角栄の政治的立場の関係性より、『小説吉田学校』が持つ政治性、ディスコースを明らかにした。

 日本政治史研究において新たな研究手法、新たな研究テーマを持ち込んだ本書は間違いなく研究史に残る本となるのではないか。

www.amazon.co.jp

現在、近代日本政治史研究において、政治アクターの捉えなおしが進んでいる。瀧井一博の『伊藤博文』や昨年、清水唯一郎が中公新書で出版した『原敬』はその文脈において学界に大きな影響を及ぼした。ことし新潮選書から刊行された瀧井一博『大久保利通ー「知」を結ぶ指導者』新潮選書,2022年は、瀧井らしく「知」に注目し、大久保を近代日本の産業における「結ぶ人」として果たした彼の一面を描き出した。特に東北での勧業や彼の内国勧業博覧会を通じた「知」の集積と伝播に注目した第4章は興味深く読んだが、幕末・維新史の文脈も併せて考えると、第三章で取り上げた彼の「断つ人」としての側面の明治維新への貢献を無視することはできないであろう。

 今後も山県有朋などの近代日本軍部の政治家の政治史における捉えなおしが進むことを期待したい。

また、外交史の分野では、佐々木雄一『近代日本外交史ー幕末の開国から太平洋戦争まで』中公新書,2022が刊行された。日本の太平洋戦争までの外交史をコンパクトにまとめ上げた本書は、内容は勿論のこと、最新の学説も網羅した豊富な文献案内は研究者を目指すものにとって必読の一冊であった。本書は「規範」を軸に、外交エリートの対外認識も考慮しつつ近代日本外交をダイナミックに叙述した。また、外交エリートが「利益」と「正当性」、そしてその帰結としての「等価交換」を念頭において対外政策を進めていたことを明らかにするのは、佐々木雄一『帝国日本の外交 1894‐1922ーなぜ版図は拡大したのか』東京大学出版会,2017年である。本書の特徴して、戦前の外務省の人事にも注目し、官邸ー外務省ー在外公館がおなじ人材プールから輩出されていることを明らかにしたこと、そして日清戦争日露戦争というような単一の事象を詳細に描出するのではなく、第一次世界大戦後の戦後処理まで30年余りを一貫して叙述した本作は、外交政策の政策過程において底流にながれる性格を明らかにすることに成功したという点が挙げられるであろう。外交政策の政策過程の多義的な認識を持たせてくれる一冊であった。

  • 行政

 2022年、行政学ディシプリンでは縣公一郎・原田久・横田信孝『検証 独立行政法人ー「もう一つの官僚制」を解剖する』勁草書房,2022米岡秀眞『知事と政策変化ー財政状況がもたらす変容』勁草書房,2022などの興味深い新刊本が出版されたが残念ながら未読である。

 今年読んだ行政学の文献で興味深く読んだものとして、西岡晋『日本型福祉国家再編の言説政治と官僚制ー家族政策の「少子化対策」化』ナカニシヤ出版,2021を挙げたい。本書はなぜ1990年代に「少子化対策」がアジェンダ設定されたのか、について言説政治を分析枠組みとして、「少子化問題」を厚生省がアジェンダ設定に成功し、それまでの「家族政策」を「少子化対策」に言説的に統合したことを明らかにした。福祉国家をめぐる政治学は「言説」を枠組みとして分析されてきた。堀江考司『現代政治と女性政策』勁草書房,2005辻由希『家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治』ミネルヴァ書房,2012などの研究が代表的であろう。本書の卓越性はそれを行政学の視点から、言説を生み出す主体として官僚制に注目した点に挙げられられる。ドメインという経営学における概念を行政学に組み込むなどの「アイデア」も評価したい。ただ、本書の懸念点として、言説政治の理論的分析の緻密さはそれ自体として評価するものの、その後の事例研究との関連性が弱いように感じられたのが残念だった。

amzn.asia

 アメリ行政学史において欠かすことのできない『科学管理論集』は「行政管理に関する大統領諮問委員会」の参考として提出された。この論文集で提示された「行政の原理」の内もっとも有名な「原理」ではPOSDCoRBが提示され、このうちの調整は今もなお行政学において常に検討の対象になり続けてきた。御厨貴サントリー学芸賞を受賞したのは御厨貴『政策の総合と権力―日本政治の戦前と戦後』東京大学出版会,1996であるが、東京大学出版会から刊行が続けられている行政学叢書において調整を取り上げたのは、1950年代の大蔵省の政策過程において大臣官房調査課を中心とした「調査の政治」を検討し、サントリー学芸賞を受賞した名著、牧原出『内閣政治と「大蔵省支配」ー政治主導の条件』中公叢書,2003を著した牧原出である。牧原は1990年代以降の行政改革における「調整」を、クリストファー・フッドの「ドクトリン」を分析枠組みとして考察した牧原出『行政改革と調整のシステム」東京大学出版会,2009は、非常に興味深く読むことができた。特に日本の「調整」の構造を明らかにするため、55年体制における「総合調整」や「省間調整」を事例研究から明らかにするのであるが、この牧原の覚書を資料とした歴史叙述は目を見張るものがあった。「ドクトリン」と「理論」の関係性は一度通読しただけでは具体性をもって理解しがたいものであったため、更なる「ドクトリン」を枠組みとした研究の蓄積が期待される。

amzn.asia

  • 幕末・維新史

 これまでそこまで関心の対象でなかった幕末・維新史に興味を持ち始めたのは、町田明広『攘夷の幕末史』講談社学術文庫,2022が刊行されたのがきっかけである。本書は講談社現代新書の文庫化である。幕末期の政治的対立はこれまで尊王攘夷派VS公武合体派の対立とされてきたが、尊王攘夷公武合体が同一レベルのアリーナにおいて対立関係にはなかったことが明らかにされ、この二つの対立で幕末政治史を叙述する研究が否定されるようになり久しい。本書では、幕末期における政治的アクターは全員攘夷派であった事実を指摘、大攘夷ー小攘夷の政治的対立を「未来攘夷」と「即時攘夷」と名付け、幕末史の再構築を試みた。また、家近良樹『江戸幕府崩壊』講談社学術文庫,2014では、孝明天皇の信認のもと、一橋、会津、桑名による「一会桑体制」が一時期ヘゲモニーを握っていた事実を明らかにし、薩摩・長州VS一合桑の対立という形で幕末政治史の新たなクリーヴィジの存在を明らかにした。「一会桑体制」については今後も批判的検討が蓄積されていくことを期待したい。

www.amazon.co.jp

www.amazon.co.jp

 また、幕末史においてやはり三谷博『維新史再考ー公議・王政から集権・脱身分化へ』NHKブックス,2017も興味深く読んだ。三谷は本書において安政五年の政変を幕末史における一つの転換点ととらえ、一章を割いた。近世アジア史の知見を多く反映した歴史叙述は圧巻であり、幕末史の通説をとらえなおす点で欠かすことができない一冊であろう。

 幕末史の文献を当たる上で、やはり川路聖謨岩瀬忠震といった幕府有司の存在の重要性を認識することができた。これまで維新3傑といった薩摩・長州側のアクターのみに注目し、幕閣、幕府有司を軽視する『維新史』史観を相対化するよい機会となった。今後、奈良勝司『明治維新と世界認識体系ー幕末の徳川政権 信義と征夷のあいだ』有志舎,2010眞壁仁『徳川後期の学問と政治ー昌平坂学問所儒者と幕末外交変容』名古屋大学出版会,2007といった書籍にもあたっていき、幕府がいかにウェスタインパクトに対応していったのか検討していきたいと思えた。

amzn.asia