はじめに
(2025/7/21初版作成)
このエントリーは、政治学に興味がある人たちに向けた、読書のガイドラインです。
若者の政治参加が叫ばれる今日この頃ですが、果たして「政治」に興味を持つことは”よい”ことなのでしょうか。「政治」に訴えなければならない生活は、果たして本当に「望ましい」生活なのでしょうか。
執筆者は、ときどき「政治について知りたいから本を教えて!」という相談を受けます。そしてそれは大概、選挙の直後──直前ではなく──です。そういう人たちは、選挙結果を見て(おそらく)なんらかのショックを受けたのでしょう。そこには、自分以外の人たちが、なぜか「政治」に熱くならなくてはならなくなったという事情を、共有していなかったことの裏返しの反応であることが窺えまます。
もしかしたら、うっかり「政治」に訴えなければならない切実さに私たちも突き当たるかもしれない──。そんなとき、「科学としての政治学」*1は、冷静に問題と向き合うあなたを後押ししてくれることでしょう。そこに政治学を知ることの重要さの一端があるような気がします。
-
まずはここから──教科書
このセクションでは、政治学の教科書を紹介します。「テキスト革命」*2と言われるように、数多くの教科書が刊行されてきた今日、どれか一つの教科書をお勧めすることは困難になっています。ここでは、あくまでも執筆者が好きな教科書を紹介するにとどめます。
①犬塚・河野・森川『政治学入門──歴史と思想から学ぶ』(有斐閣、2023年)
①は思想史の研究者として知られる著者たちによる、「リベラル・デモクラシー」なる概念を中心とする教科書。近年懐疑的な視線にさらされる、リベラル・デモクラシーでありますが、それでもなお、著者らはリベラル・デモクラシーを擁護します。14章の「ユートピアとディストピア」で展開される議論はとてもユニークで、示唆に富むものです。
②は事例研究を通じて、日本の行政や政治制度を研究してきた行政学・政治学者による教科書。題名にあるように、「権力」に焦点があてられた教科書であり、特に権力にさらされる一般市民の視点へのこだわりを感じされられます。投票率が下がったのは政治意識の低下なのか?否、動員の減少によるものである、と応答する著者らの議論は、スリリングです。
③佐々木毅『政治学講義〔第2版〕』(東京大学出版会、2012年)
③は、日本の政治学を長年牽引し、東大総長も務めた政治学の権威による教科書。第一部の第1章が「人間」から始まる、著者の思想史研究と現代日本政治研究の集大成となるような教科書です。
④は、日本における「ポリティカル・サイエンス」の導入と展開をリードした研究者による、方法論を強く意識した教科書。重厚な内容で、近年の政治学研究で用いられる用語や概念の多くはここで学ぶことができます。
-
しくみを詳しく
上記の教科書で、基本的な政治の仕組みや考え方は理解できるでしょう。ここでは、もう少し詳しく知りたい、という人に向けて、若干のサプリメントを提供します。
②待鳥聡史『民主主義にとって政党とは何か』(ミネルバ書房、2018年)
③前田健太郎『女性のいない民主主義』(岩波新書、2019年)
①はアメリカ政治や日本の内閣制度、地方制度など広範にわたって実証的な研究を重ねてきた研究者による新書。「委任と責任の連鎖」という言葉でもって、世界各国で導入されている代議制民主主義の仕組みを明らかにします。非常にクリアな文章に魅了されることでしょう。②は同一著者による、政党政治のしくみと意義を明らかにする著作。ともに現代政治を理解する、良い手がかりになります。
③はジェンダーという視点から既存の政治学の書き換えを試みる、コンパクトながら力強い新書。政治制度がいかに男性に偏っていたのか、いかに政治学そのものが男性に偏っていたのか、深い反省を読者に迫ります。
④は、地方政治の研究で多くの重要な仕事を発表してきた研究者による、政党政治の重要性を説く本です。「混ぜるなキケン」というフレーズで選挙制度の混合の問題を指摘するなど、現代日本の政党政治や選挙制度の問題を鋭く指摘します。次のセクション(今をよりよく知るために──現代日本政治)と被る内容ですが、本書の位置づけが代議制民主主義論であったため、こちらのセクションに含めました。
⑤は、国会制度の研究を、比較の観点から簡潔に首尾よくまとめた新書です。国会という、憲法上明記された国権の最高機関をいかにしたら活性化できるのか。国会審議はこの本を読んでから観たいものです。
-
いかに知るか──方法論
①久米郁男『原因を推論する〔第2版〕』(有斐閣、2025年)
労働政治の研究で知られる研究者による、政治学を研究することとはどのようなことか、解説する好著。2025年に第2版が出版され、より内容が充実しました。因果関係を説明することが、簡単に見えていかに難しいのか、この本を読むとよくわかります。感覚を、データやエビデンスによって覆す実証の世界の入り口はここの本の中にあります。
-
今をよりよく知るために──現代日本政治
では、今日日本の政治はどのように動き、どのような問題を抱えているのでしょうか。現代日本政治研究は、80年代以降大きく進展しました*3。そのなかでも、特に見通しの良い理解を与えてくれる著作をここでは取り上げます。
「変わらない日本」「失われた30年」という言葉が人口に膾炙して久しい日本ですが、政治の世界では憲法改正が行われたに等しいような、大規模な改革が行われていた──。著者はこう主張します。90年代以降、日本は選挙制度改革にはじまり、行政改革、地方制度改革など、多くの改革を経験しました。いかに日本政治を変え、どこが変わらなかったのか、なぜ変えることができなかったのか。本エントリーの中で最も広く読まれるべきだと執筆者が考える本が、この一冊です。
上記の一連の政治改革を、研究者は「平成デモクラシー」と呼ぶことがあります。清水真人は日経新聞の記者として、これまでも多くの政治ルポを著してきました。その中でもこの『平成デモクラシー史』は、政治改革や行政改革に携わった実務者へのこれまでの取材をもとに、第二次安倍政権に至るまでの平成の政治過程を生々しく描き出します。『政治改革再考』と併読されることをお勧めします。
2009年、日本は政治改革後はじめての政権交代を経験しました。選挙改革で二大政党制の条件が整い、行政改革で官邸主導の体制が整った。ようやく政治主導で大規模な政策転換が行えるようになる──。こうした、民主党政権への期待、政権交代への熱が高まった時期がありました。『日本の統治機構』は、こうした新たな日本政治のあり方を、他国との比較も踏まえながら提示した、エポックメイキングな新書でした。当時の〈熱〉を感じながら読みたい一冊です。
90年代以降、少子高齢化問題が政治イシューになるにつれ、社会保障改革が常に叫ばれてきました。そこには、データに乗っ取らない感覚論や、弱者を排除するような言説が垣間見えます。本書は1960年代にさかのぼり、現在の社会保障制度がどのように形成され、いかに制度が機能不全になってきたのか明らかにします。分断の政治を超えて、どのように社会保障制度を改革できるのか。20年代を生きる我々に課せられた大きな課題に向き合うヒントはここにあります。
⑤小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書、2019年)
小熊英二は社会学者で、この本の副題でも、この本は歴史社会学の本であることが宣言されています。しかし、日本政治を考えるうえで、その根底となる社会・経済的な状況を無視するわけにはいきません*4。新書としては大部な本ですが、日本政治の基礎過程を押さえるのに最適な一冊です。
-
なぜ今のようになったのか?──日本政治史
現代の日本政治は、なにも最初から今のような姿でないことは上述した通りです。政治学には経路依存という概念があります。この概念は、歴史的制度論という政治的決定や政治制度が、過去の決定や制度の強い制約の下に置かれることを指摘する研究潮流の重要なキーワードの一つです。なぜ今、政治はこのような姿をしているのか。それは歴史的な強い制約があるからかもしれません。
なお、日本政治史は長い研究の蓄積がある分野です。御厨貴・牧原出『日本政治史講義』(有斐閣、2021年)の巻末には親切な文献案内がついており、そちらも参考になさってください。また、思想史の研究者である長尾宗典さんのHPには、「日本近代史研究の初歩」というページがあり、こちらも参考になります。
通史
①清水唯一朗「近代」(中公新書編集部『日本史の論点』(中公新書、2018年))
②清水唯一朗・瀧井一博・村井良太『日本政治史』(有斐閣、2020年)
①は、『日本史の論点』という、古代・中世・近世・近代・現代の時代区分に沿って、それぞれの研究者が4つづつの論点を提示し、解説を加えるという新書の一章です。明治維新から終戦までがコンパクトにまとまっており、良い見通しを提供します。巻末の文献案内も充実しており、必読です。
②は、日本政治外交史研究を牽引してきた研究者による教科書です。副題に「外交と権力」とあるように、いかに外交と内政が関連しながら、日本は近代、現代を歩んだのでしょうか。北岡伸一はとりわけ明晰な文章を書くことでも知られ、冷戦終結までの100年あまりの歴史がクリアに浮かび上がります。
③は3人の法制史・政治史研究者によって書かれた日本政治史の教科書です。占領期までの政治史を、多くのアクターに触れながら叙述します。この本の著者らは、2000年代に大学院に進学し、自覚的に政治学方法論と歴史研究を関連づけてきました。政治学的な政治史研究、その研究の到達点の一端を示します。
戦前
戦前の政治史は研究が豊富で、とてもこのエントリーで重要な著作をすべてまとめられるとは思えません。ここでは強い示唆を現代に与える新書をいくつか取り上げるにとどめます。
②松沢裕作『生きづらい明治社会』(岩波ジュニア新書、2018年)
①は、戦前期における政官関係について重要な研究を発表してきた研究者による、戦前期の日本の官僚史についての新書です。明治維新直後の新政府は人材不足に悩まされていました。しかしその後、名実ともに「帝国」まで拡大してゆく背景には、大学を通して最新の西洋知識を吸収して立身出世を成そうとする、数多くの優秀な官僚の姿がありました。明治維新後、身分のくびきから解き放たれた多くの若者──その大多数は男性でしたが──の夢と生き様を、活き活きと描き出します。
しかし、①で描き出されるような立身出世の世界は、それまでの生活が突然崩壊し、冷酷な市場にさらされ、資本の力に抑圧される多くの人々の「生きづらい」世界と表裏を為すものでした。②『生きづらい明治社会』には、「通俗道徳」という言葉をキーワードに、これまでの生活が崩れてゆくなかで必死にもがき、生きてゆく人々の生き様が映し出されます。
近代日本は、まさに暴力にあふれた時代でもありました。③は、なぜ人々は暴力に向かったのか、暴力をふるう「論理」を史料に基づき暴きます。暴力への理路、そこには、当時の社会の権力構造や、抑圧への抵抗、あるいは弱者への差別など、複雑なニュアンスがありました。「暴力はいけない」という言説だけでは取り逃してしまう「論理」への着目を、この本は促します。
④は、大日本帝国下の植民地統治について多くの重要な仕事をしてきた研究者による、脱植民地化についての新書です。1945年の日本の敗戦が、旧植民地にいかなる政治的な影響を残したのでしょうか。歴史認識問題が問われて久しい今日、引き続き読まれる必要性は尽きません。
戦後
戦後政治史についても重要な著作は多々あります。ここでは、そのなかで、手に取りやすい、かつユニークな書籍を3冊紹介します。
①は通史編にも上げた北岡伸一が、自民党結党から55年体制の終焉までの自由民主党の歴史をまとめたものです。まとめた、といっても単に平坦な叙述が続くわけではありません。岸信介への隠しきれない興味、派閥政治への違和感など、著者のスタンスをひしひしと感じます。戦後日本政治は、決して自民党の動向のみで語れるものではありません。そこには日本社会党という左派野党が存在し、その中間に民社党や公明党などの小政党が存在し、あくまでも複数政党の下での「政党政治」が行われていたからです。しかし、かといって自民党の動向を捨象するわけにはいきません。本書は、戦後政治史を多面的に理解してゆくための最初の一歩になるでしょう。
②は、憲法と政治の関連の研究で広く知られた政治学者による、戦後政治史の新書です。従来の、叙述が自民党に偏重しがちであった戦後政治史研究に対し、日本社会党や公明党の動向にも目を配っているところに第1の特徴があります。また、日本国憲法という新しい政治のルールの導入に意識的である点も特徴です。
①②が、政治のアクターや制度に着目してきたのに対し、③はより思想史的な側面に焦点が当てられます。日本政治史は、決して政治家のみによって繰り広げられる権力争いに終始するものではありませんでした。それぞれの政治家にはブレーンが傍にいて、知的裏付けが行われることも少なくなかったのです。中北浩爾は、こうしたブレーンに焦点をあてて、一見既成権力の権化のようにみえる自民党内で争われてた、自民党の変革の試みの歴史を明らかにします。90年代の統治機構改革が一段階終了した今、その功罪を公正に見極めるためには、この一冊が欠かせません。
番外
これまで主に、国会や内閣というような国政──それもほとんど男性によって、男性のために行われる──について見てきました。しかし、「政治」はそれだけではありません。フェミニズム研究やポストコロニアル研究は、こうした「政治」の枠組みを批判し、刷新してきました。こうしたフェミニズム研究をリードしたのがジュディス・バトラーです。本書は、このジュディス・バトラーの主著である『ジェンダー・トラブル』の「非公式ファンブック」として、バトラーの思想を読み解きます。
フェミニズムは近年毀誉褒貶にさらされ、そこから得られる重要な示唆が十分生かされていない状況に置かれています。たしかにフェミニズムは、多くのジャーゴンにまみれ、時にハレーションを起こしそうな強い表現にまみれ、また論者によっても内容が異なっているようにも感じられるなど、取っつきにくさを感じる分野なのかもしれません。『ジェンダー・トラブル』自体、著者〔『バトラー入門』の著者である藤高〕も認めているように容易な本ではありません。しかし、藤高一輝は親しみやすい文体で、バトラーの主著を明快に紐解きます。フェミニズムについて懐疑的、あるいは興味がある、しかし難解で手につかない、という方に強くお勧めします。
学問には歴史があります。政治学も然りです。では、日本の政治学はいかなる展開を遂げてきたのか。本書は戦後の日本政治分析の学問史に焦点を絞り、新たな視角を提供します。このブックリストで取り上げてきた著作が、どのように位置づけられるのか、ぜひこの本を読むことで振り返ってみましょう。
まとめ
以上、政治学のブックガイドを示してきました。もうすでにお気づきかもしれませんが、今回取り上げた著書のなかで、著者が(明確に)女性なのは4名しかいません。このブックガイドが、「女性のいない政治学」に加担しているといわれても言い逃れようがありませんが、ご容赦願いたいと思います。