2022年の本

 年末にその年刊行された新刊本を読み、簡単な書評と共に紹介するブログ(Valdegamas侯日録等)があるが、研究者ではない筆者が新刊本をそう何冊も読めるほど基本文献に当たっていない。このブログでは新刊本のみではないが、今年筆者が読んだ本を軽い書評と共に紹介するこにしたい。

 今年読んだ本は大きく分けて「日本政治史」「行政」「幕末史」「世界史」に分割できる。それぞれ紹介していこう。

  • 日本政治史

 今年読んだ日本政治史においてやはりトップレベルに面白かったのは小宮京『語られざる占領下日本ー公職追放から「保守本流」へー』NHKブックス,2022年であった。日本占領期の政治過程は、すでに五百旗頭真の『占領期』や福永文夫『日本占領史』といった諸兄の研究の蓄積が豊富であり、これ以上資料が出てこないであろうとも言われていた分野であった。小宮は本書の執筆にあたりGHQの資料に依存したこれまでの研究を相対化するため日本側資料に多く依拠している。特に私文書や新聞記事より占領期日本を書き起こしていく研究手法には「こういう手があったか」という驚きを覚えた。

 本書において出色と思えたのは、第4章の「田中角栄伝説と戸川猪佐武佐武『小説吉田学校』」である。山崎首班事件を再検討することにより、すでに神話化した田中角栄伝説が形成されていく過程を示した。また、これに加えて戸川猪佐武が『小説吉田学校』を執筆した時期と田中角栄の政治的立場の関係性より、『小説吉田学校』が持つ政治性、ディスコースを明らかにした。

 日本政治史研究において新たな研究手法、新たな研究テーマを持ち込んだ本書は間違いなく研究史に残る本となるのではないか。

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現在、近代日本政治史研究において、政治アクターの捉えなおしが進んでいる。瀧井一博の『伊藤博文』や昨年、清水唯一郎が中公新書で出版した『原敬』はその文脈において学界に大きな影響を及ぼした。ことし新潮選書から刊行された瀧井一博『大久保利通ー「知」を結ぶ指導者』新潮選書,2022年は、瀧井らしく「知」に注目し、大久保を近代日本の産業における「結ぶ人」として果たした彼の一面を描き出した。特に東北での勧業や彼の内国勧業博覧会を通じた「知」の集積と伝播に注目した第4章は興味深く読んだが、幕末・維新史の文脈も併せて考えると、第三章で取り上げた彼の「断つ人」としての側面の明治維新への貢献を無視することはできないであろう。

 今後も山県有朋などの近代日本軍部の政治家の政治史における捉えなおしが進むことを期待したい。

また、外交史の分野では、佐々木雄一『近代日本外交史ー幕末の開国から太平洋戦争まで』中公新書,2022が刊行された。日本の太平洋戦争までの外交史をコンパクトにまとめ上げた本書は、内容は勿論のこと、最新の学説も網羅した豊富な文献案内は研究者を目指すものにとって必読の一冊であった。本書は「規範」を軸に、外交エリートの対外認識も考慮しつつ近代日本外交をダイナミックに叙述した。また、外交エリートが「利益」と「正当性」、そしてその帰結としての「等価交換」を念頭において対外政策を進めていたことを明らかにするのは、佐々木雄一『帝国日本の外交 1894‐1922ーなぜ版図は拡大したのか』東京大学出版会,2017年である。本書の特徴して、戦前の外務省の人事にも注目し、官邸ー外務省ー在外公館がおなじ人材プールから輩出されていることを明らかにしたこと、そして日清戦争日露戦争というような単一の事象を詳細に描出するのではなく、第一次世界大戦後の戦後処理まで30年余りを一貫して叙述した本作は、外交政策の政策過程において底流にながれる性格を明らかにすることに成功したという点が挙げられるであろう。外交政策の政策過程の多義的な認識を持たせてくれる一冊であった。

  • 行政

 2022年、行政学ディシプリンでは縣公一郎・原田久・横田信孝『検証 独立行政法人ー「もう一つの官僚制」を解剖する』勁草書房,2022米岡秀眞『知事と政策変化ー財政状況がもたらす変容』勁草書房,2022などの興味深い新刊本が出版されたが残念ながら未読である。

 今年読んだ行政学の文献で興味深く読んだものとして、西岡晋『日本型福祉国家再編の言説政治と官僚制ー家族政策の「少子化対策」化』ナカニシヤ出版,2021を挙げたい。本書はなぜ1990年代に「少子化対策」がアジェンダ設定されたのか、について言説政治を分析枠組みとして、「少子化問題」を厚生省がアジェンダ設定に成功し、それまでの「家族政策」を「少子化対策」に言説的に統合したことを明らかにした。福祉国家をめぐる政治学は「言説」を枠組みとして分析されてきた。堀江考司『現代政治と女性政策』勁草書房,2005辻由希『家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治』ミネルヴァ書房,2012などの研究が代表的であろう。本書の卓越性はそれを行政学の視点から、言説を生み出す主体として官僚制に注目した点に挙げられられる。ドメインという経営学における概念を行政学に組み込むなどの「アイデア」も評価したい。ただ、本書の懸念点として、言説政治の理論的分析の緻密さはそれ自体として評価するものの、その後の事例研究との関連性が弱いように感じられたのが残念だった。

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 アメリ行政学史において欠かすことのできない『科学管理論集』は「行政管理に関する大統領諮問委員会」の参考として提出された。この論文集で提示された「行政の原理」の内もっとも有名な「原理」ではPOSDCoRBが提示され、このうちの調整は今もなお行政学において常に検討の対象になり続けてきた。御厨貴サントリー学芸賞を受賞したのは御厨貴『政策の総合と権力―日本政治の戦前と戦後』東京大学出版会,1996であるが、東京大学出版会から刊行が続けられている行政学叢書において調整を取り上げたのは、1950年代の大蔵省の政策過程において大臣官房調査課を中心とした「調査の政治」を検討し、サントリー学芸賞を受賞した名著、牧原出『内閣政治と「大蔵省支配」ー政治主導の条件』中公叢書,2003を著した牧原出である。牧原は1990年代以降の行政改革における「調整」を、クリストファー・フッドの「ドクトリン」を分析枠組みとして考察した牧原出『行政改革と調整のシステム」東京大学出版会,2009は、非常に興味深く読むことができた。特に日本の「調整」の構造を明らかにするため、55年体制における「総合調整」や「省間調整」を事例研究から明らかにするのであるが、この牧原の覚書を資料とした歴史叙述は目を見張るものがあった。「ドクトリン」と「理論」の関係性は一度通読しただけでは具体性をもって理解しがたいものであったため、更なる「ドクトリン」を枠組みとした研究の蓄積が期待される。

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  • 幕末・維新史

 これまでそこまで関心の対象でなかった幕末・維新史に興味を持ち始めたのは、町田明広『攘夷の幕末史』講談社学術文庫,2022が刊行されたのがきっかけである。本書は講談社現代新書の文庫化である。幕末期の政治的対立はこれまで尊王攘夷派VS公武合体派の対立とされてきたが、尊王攘夷公武合体が同一レベルのアリーナにおいて対立関係にはなかったことが明らかにされ、この二つの対立で幕末政治史を叙述する研究が否定されるようになり久しい。本書では、幕末期における政治的アクターは全員攘夷派であった事実を指摘、大攘夷ー小攘夷の政治的対立を「未来攘夷」と「即時攘夷」と名付け、幕末史の再構築を試みた。また、家近良樹『江戸幕府崩壊』講談社学術文庫,2014では、孝明天皇の信認のもと、一橋、会津、桑名による「一会桑体制」が一時期ヘゲモニーを握っていた事実を明らかにし、薩摩・長州VS一合桑の対立という形で幕末政治史の新たなクリーヴィジの存在を明らかにした。「一会桑体制」については今後も批判的検討が蓄積されていくことを期待したい。

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 また、幕末史においてやはり三谷博『維新史再考ー公議・王政から集権・脱身分化へ』NHKブックス,2017も興味深く読んだ。三谷は本書において安政五年の政変を幕末史における一つの転換点ととらえ、一章を割いた。近世アジア史の知見を多く反映した歴史叙述は圧巻であり、幕末史の通説をとらえなおす点で欠かすことができない一冊であろう。

 幕末史の文献を当たる上で、やはり川路聖謨岩瀬忠震といった幕府有司の存在の重要性を認識することができた。これまで維新3傑といった薩摩・長州側のアクターのみに注目し、幕閣、幕府有司を軽視する『維新史』史観を相対化するよい機会となった。今後、奈良勝司『明治維新と世界認識体系ー幕末の徳川政権 信義と征夷のあいだ』有志舎,2010眞壁仁『徳川後期の学問と政治ー昌平坂学問所儒者と幕末外交変容』名古屋大学出版会,2007といった書籍にもあたっていき、幕府がいかにウェスタインパクトに対応していったのか検討していきたいと思えた。

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